雪の日舎
どうつくる?しあわせなはぐくみ

第3話 なぜ、幼児期の親子の居場所を作るのか〜森のようちえんてくてく園長 小菅江美さん

2018.03.02

雪の日舎がつくりたいフィールドは「子どもの笑顔がまんなかにあるフィールド」

 

それって、具体的にどんなところ?

どんな条件があれば、子どもは笑顔でいられるのだろう?

この雪深い里山だからこそ、子どもを笑顔にできることとは?

 

第1話第2話では、移住してきた元保育士、元幼稚園教諭の5人に話を聞き、子どもの隣に寄り添う大人としてのありようを見つめ直しました。

 

第3話からは、新潟県内で「森のようちえん」を運営している方たちにお話を聞きました。

今回はいくつかある森のようちえんの中でも、先駆者として10年以上の歴史がある上越市の森のようちえんてくてく、そして立ち上げて間もない十日町市の森のようちえんノラソラにお話を伺いました。

それぞれ、段階の違うふたつの森のようちえんのお話を聞くことで、私たち雪の日舎もどんなフィールドを作っていきたいのか考える上で、ヒントを探りたいと思います。

 

第3話では、上越市で活動している森のようちえんてくてくの園長、小菅江美さんになぜ森のようちえんを始めたのか、どのような思いで運営しているのか、お話を聞きました。

 

 

小菅江美

1971年新潟県安塚町生まれ。(現在の新潟県上越市)

NPO法人緑とくらしの学校 理事長

 

森のようちえんてくてくは、NPO法人緑とくらしの学校が運営している、毎日通える森のようちえんです。

園長である小菅さんが週に一度の「森の子育て広場」からはじめ、2006年に一人の園児とともに「毎日通えるようちえん」としてスタートしました。

 

小菅さんは上越市出身で、元々は小学校の教員をしていました。そんな彼女がなぜ「森のようちえん」を始めることとなったのでしょうか。

 

 

教育とはなにかを目の当たりにした、小学校教員時代

 

小菅さんが幼児教育の世界に足を踏み入れるはじめのきっかけは、教員として赴任した小学校の担当クラスで馬を飼ったことでした。当時は総合的な学習が導入される少し前で、その前の研究のために、馬がそのクラスにやってきたのです。

 

「私実は動物が苦手で、犬も猫もダメだったのよ。だから校長先生に泣きながら担当を外してもらえるようお願いしたけどダメだったの。そうこうしているうちに新学期が始まってしまって……」

 

いま毎日森で過ごしているとは思えない、意外な一面もある小菅さん。さらに驚きは続きます。

 

「そうしたら馬のお腹に子どもがいることがわかって、赴任して10日目に産まれちゃったのよ。だから動物は苦手だったけれど、怖いという間も無く、子どもたちの前でなんでもやらなくてはならなかった。でもだんだん世話してくると、馬のお母さんのような気持ちになってくるのよね。そういう風に子どもたちと馬と1年間過ごしてしまったのよ。」

 

その1年間に起こったこと、目の当たりにした子どもたちの育ちは、当時の小菅さんにとっては衝撃の連続だったと言います。

 

「馬が病気になって、お医者さんから今晩が山場だと言われた時は、夜遅くまで子どもたちと馬を見守ったこともあった。そういう風に過ごしていたら、例えば国語で作文を書くにしても、そりゃあ書きたいことがあるよね。

 

校庭に牧場を作ろうという話になれば、柵はどれくらいの長さにするとか、何がいくつ必要だとか計算する。それって算数でしょ。そうやって、全部の教科が馬で過ごせちゃったのよ。

 

そういう経験をしたときに、学校は何かを教える前に、誰かに何かを伝えたいという、心が動いている状態がなければ学びには繋がっていかないんじゃないかと思うようになったの。

大人ができることってないんだな。人間以外のもっと大きなものだとか、子ども同士でなければ育たないものってあるなぁと思ったの。

 

 

 

日常と非日常。二つの世界を繋ぐ鍵は「お母さん」

 

そうして、小菅さんは怒涛の教員1年目を過ごしました。

 

その後、他の学校に赴任し教員生活を続けている彼女の耳に衝撃の知らせが届きます。

 

それは、あの1年間共に過ごした馬が暴れ馬になってしまい、始末することになったという知らせでした。その知らせを聞いた小菅さんは、居ても立ってもいられず、その馬を引き取ることにし、学校は退職、キャンプ場で馬とともに働くことになりました。そのときの心境について小菅さんはこう語ります。

 

「学校を辞めたのは、学校に疑問を持っていたわけではなく、ただもっと教育の可能性を探れるんじゃないかと思ったんだよね。」

 

キャンプ場では、馬と触れ合うプログラムを作って、子どもたちとキャンプをしていた小菅さん。

 

しかし次第に疑問も浮かんできます。

 

それは、

「この子たちの日常に、この非日常がどう繋がっていくんだろう?」

ということ。

 

「この非日常であるキャンプに行かせてくれるのは、親なんだよね。だから、親がキーなんだって思うようになったの。

 

日常の子どもの成長を一番近くで見ているのはお母さん。お母さんがこの非日常の価値を理解してくれたら、日常の中にちゃんと繋がっていくなっていう思いがあった。日常の子どもの成長を一番近くで見ているのはお母さん。お母さんがこの非日常の価値を理解してくれたら、日常の中にちゃんと繋がっていくなっていう思いがあった。このお母さんたちが、私が経験した馬との一年だとか、子どもがここで出会うものに、一緒に共感してくれるようになったら、すごいことができるって思ったの。

 

それが、小菅さんが幼児期の親子に目を向けた理由だったのです。幼稚園や保育園に通う未就学児は園の送迎にお父さんお母さん、もしくはその他の家族がやってきて、毎日顔を合わせます。それは、家族への距離が近くなり、アプローチがしやすいということでもあります。

 

 

 

子どもをまんなかに、親も保育者も育ちあう

 

それから紆余曲折を経て、開園した森のようちえんてくてく。

 

子どもだけではなく、お父さんお母さんとも協同的な活動を行なっています。例えば冬の恒例行事になったイグルー(*1)キャンプ。お父さんたちが中心となってイグルーを作ります。みんなで一生懸命作るのですが、翌日には壊してしまうそう。

 

一見無意味にも見えるこの活動、小菅さんは「一緒に作るというプロセスを大事にしています」と語ってくれました。

 

「お父さんたちの中には、力が強いお父さん、頭が良く回るお父さん、いろいろな人がいるんだよね。一緒に活動していく中で、だんだんとそれぞれの人となりが出てきて、適材適所になってくるの。またそれが計画的にではなくて、その場、その人たちで動きながら役割分担されていくのよ。」

 

さらに、小菅さんはこう話していました。

 

「森の生態そのものが、いろんな命がそれぞれ補い合って成り立っている空間でしょ。なんとなくそれに重ねて見ているのよね。」

 

森のようちえんてくてくは、なにも子どもだけが育ち合う場所ではなく、親も、てくてくに関わる全ての大人も、育ち合う場所なのです。

 

「やっぱり自分もその場に加わっていると当事者になるわけ。関わるということは、自分ごとになるということだから。そうすると、例えばようちえんと家庭の間に何かあっても、一方的に攻めるような関係になりにくいのよ。運営側のことも、保護者側のことも、お互いが見えているから、互いの立場を考えながらてくてくや活動を作りやすいの。だからどれだけ皆さんが大変だーと言ってもやりますよ!と親御さんにはお話しています。」

 

「ようちえん」は子どものための場所です。でも、「子どもたちのため」だけであったら、親は関わることがしんどくなってしまうこともあるのかもしれません。それが、子どものため以前に、自分自身も一人の人として関わる場所があるということは、親自身にとっても「ようちえん」がかけがえのない場所になっていくのではないでしょうか。

 

(*1)イグルー イヌイットの人たちが、雪のブロックで作る簡易住居のこと。最近はかまくらのように、冬のキャンププログラムなどで用いられることも多い。

 

 

 

その先に育まれる信頼関係

 

森のようちえんに興味を持つ親御さんの心配の一つが「小学校に行ったら」ということ。「45分座っていられるのか」「先生の言うことが聞けるのか」「好き勝手なことばかりしていて勉強についていけるのか」などでしょう。

 

それについて小菅さんに聞いてみました。

 

「例えば、集団の中で行動していけるだろうかという心配に対しても、てくてくはたった20人だけど、集団なわけ。しかも、いろんな年齢の子がいるし、いろんな子がいるし、スタッフは何か教えてくれたり、答えを出してくれるわけでもない。だから自分からコミュニケーションを取らなきゃいけないの。それって、ものすごい集団の経験をしていると思ってるの。

 

学校に行ってつけたい力ってそういうことではないのかな。先生の言うことを聞く集団を作りたいのではなく、仲間と高め合っていける集団を作りたいのよね。相互の関係じゃないと集団ではないと思っています。だから先生の言うことを聞くかどうかって言う心配はしなくてもいいの。」

 

では、実際てくてくの卒園生たちはどのような小学校生活を送っているのでしょうか。

 

「みんなまちまちかな。森のようちえんに来たからって、みんながみんなたくましいわけではないし、みんなの後ろにいた方が心地よい子もいる。学校に行っていない子もいる。いろいろだよ。

でもその中で共通しているとしたら、おうちの方がちゃんとその子を受け止めてくれているってところかな。

例えば、学校に行っていない子についても、「わかった、行かなくてもいい」と支えてくれる親御さんがいるの。それは学びの場が学校だけじゃないということや、自分がどういう場にいても、その場を楽しめるとか、学校に行っていなくても、ちゃんと根っこを持っているということを親御さんがちゃんとわかってくれている、安心できる場所を作ってくれているということだと思います。」

 

 

 

子どもだって家族の一員

 

森のようちえんてくてくでは、「くらしをつくる」ということも大事にしています。畑で野菜を育て、田んぼでお米を作り、薪を割って火を焚き食事を作ります。また、お父さんお母さんたちと一緒に森作りも始めたところです。

 

なぜくらしにこだわるのか、その思いについて聞いてみました。

 

「ありがとうっていう言葉の交換が、いま生活の中に少ないかなと思っているんです。自分の手でくらしを作っていく中では、ありがとうって言い合う事がとても多いですよね。昔は子どももくらしの中でお手伝いをたくさんしていました。そうして家族の中に役割があったんです。いまは、そういうお手伝いのようなことはなくなって、子どもの役割がなくなってしまった。いまは小さい頃から習い事ばかりじゃない。習い事に行かせるということは、家族の中での位置付けが違うでしょ。まだまだあなたは未熟で勉強しなきゃいけないという見方よね。でも、家族の中でお手伝いしてね、ということは、ちゃんと家族として対等な関係で見ているということだよね。そういう関係はくらしの中でしかないなと思います。」

 

 

 

日本ならではの森のようちえんのかたち

 

実は森のようちえんの発祥であるヨーロッパや北欧では、保育の中でくらしの仕事はほとんどないと現地を見に行った小菅さんは語ります。

 

「ヨーロッパとかデンマークは本当に森だけなの。田んぼも畑もないし、料理もしないのよ。でも日本は、見る風景として田んぼも畑も目に入ってくるじゃない。人の暮らしに近いところの自然、里山っていうのが日本型の森のようちえんなんだよね。

 

でもいまは田んぼも畑も使う人がいないから荒れはじめている。里山の自然が元気じゃないと、てくてくの活動も成り立たないのよ。だからその里山の課題も一緒に考えて行かないといけないと思っています。」

 

また小菅さん自身、畑や田んぼを始めて、地域の人たちと関わって気付いたことがあるという。

 

「農業をしている人が一番教育者だと思うの。命を育てている人が、子どもを育てたら、そりゃあ素晴らしい教育者になるよね。私自身も、畑に行っているときが一番保育のことを整理できるの。だから畑に行けない日々が続くと、ストレスが溜まってしまいます。」

 

農業という世界は、もちろん子どもにとっても多くの学びがあるが、実は大人にとっても大事なものを見つめなおしたり、気持ちを落ち着かせ整理できる、そんな場の力が働いているのかもしれません。

 

 

 

小菅さんが思う「子どもたちの笑顔がまんなかにあるフィールド」を実現するには、子どもの一番近くにいる親が笑顔でいられること、子どもがどうしたら笑顔でいられるか大人が理解できることが不可欠でした。

たとえ、森のようちえんに通う子どもたちのようちえんでの生活が自然と寄り添い成長できるものであったとしても、家庭に戻るとその育ちが分断されてしまう、それではもったいないのです。

またようちえんは、幼児期だけのもので、子どもたちはその後も小学校、中学校と進んでいきます。そのときに一番近くで見ていられるのは、やはりお父さんお母さんなのです。

そのお父さんお母さんが、自分の子どもの育ちにとって何が大事なのかわかっていれば、ようちえんを卒園したあとも、その子はしあわせに笑顔で自分の人生を歩んでいけるのではないでしょうか。

 

 

さて次回第4話は、実際に森のようちえんてくてくで子どもと大人がどのように過ごしているか密着レポートをします。

 

 

 

お話を聞いた人

小菅江美

1971年新潟県安塚町生まれ。(現在の新潟県上越市)

NPO法人緑とくらしの学校 理事長

森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事

 

 

 

 

 

 

 

 

諸岡 江美子

諸岡 江美子

雪の日舎webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。