第4話 森のようちえんてくてくで育つ子どもと大人
2018.03.04
木枯らしが落ち葉をくすぐる11月のはじめ
大きなスーパーやホームセンター、飲食店なども並ぶ国道を曲がり、車を走らせること約3分、ともすると見逃してしまいそうな小さな看板を左折し私道に入る。
両脇に伸びる背の高い杉林のおかげで、少しほの暗い。でもそのおかげで、木々の隙間からこぼれる木漏れ日がよりまぶしく感じる。
自然の魅せるコントラストに目を奪われていると、ちらほらと子どもたちの声が聞こえはじめる。
声の方に目をやると、次第に視界が開けた。
杉林のまんなかに広がっていたのが、今回取材をさせていただいた森のようちえんてくてくのメインフィールド「栗林」であった。
ところどころぬかるんだ、いや、水たまりになったフィールドの中を勢いよく駆け抜けていく子どもたち。
木のテーブルでは、淡い優しい色のにじみ絵を静かに楽しむ子どもたち。
子どもたちを優しく見守りながら、栗林を後にするお母さんたち。
今日も森のようちえんてくてくの1日が始まった。
未就学児の教育、保育の選択肢のひとつである「森のようちえん」
最近になってその名を聞く機会も多くなったけれど、実際どんなところなのでしょうか。
「園舎がないってほんと?」
「雨の日も、雪の日も、外へ遊びに行くの?」
「森で遊ぶって、いったいどんな遊びをしているの?」
あなたは「森のようちえん」のことをどれくらい知っていますか?
実際、日本全国にはさまざまな形の「森のようちえん」が存在します。
日本では森のようちえんの定義を
自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称
としています。
第3話では、てくてくを立ち上げた園長・小菅江美さんに設立の思いなどを中心にインタビューさせていただきました。
第4話では、実際にてくてくで過ごす子どもたち、大人たちの姿から、私たちがつくりたい「子どもの笑顔がまんなかにあるフィールド」を考えるヒントを探っていきます。
自分で考え、自分で遊ぶ
さて、では実際てくてくの子どもたちはどんな遊びをしているのでしょうか?
この日は、朝のお話で、道を挟んで反対側のお山に散歩に出かけることと、野外料理の日であることが知らされました。
ただし、どこに行くかも、何をするかも子どもたち次第。
大人は選択肢は与えるけれど、決定権は子どもたちにあります。
スタッフの話を聞いて、散歩に勇んで出かける子もよし。
森の奥で隠れるように秘密基地を作っている男の子もよし。
どろんこをお鍋の中につめて、なにかおいしい料理を作っている女の子もよし。
いま子どもたちの心が向かっているものに没頭できるよう、環境も大人も受けとめてくれていました。
思いを伝える、思いを受け取る、葛藤する
この日、お散歩には行かなかった男の子たちがいました。
話を聞いていると、彼らは前の週から幾日もかけて「秘密基地」を作っていたようでした。
それが月曜日の今日、ようちえんに来てみたら、その「秘密基地」が壊れていたのです。
彼らは一生懸命作った「秘密基地」が壊れてしまったことへの絶望感と怒りを感じていました。
「誰が壊したんだ」
「きっと土曜日クラスの子たちだよ」
「でも大人だっていたはずでしょ。それなのに壊すかなぁ」
「大人が何も言わなかったのかな」
そんな話を繰り返しながらも、また新しい材料を運び、手は動き出します。
「でも大人だっていろいろあるよね~」
いつしか怒りの感情は薄れてきたのか、
「ここ押さえてて」
「もっと木持ってくるね」
という話に変わってきていました。
結局、なぜ壊れてしまったのかの答えはわかりませんでしたが、
彼らの心は、絶望感や怒りから、仲間と話すなかでその思いを昇華していき、どうやって直していく?もっとかっこいいものにしよう!と前を向くようになっていました。
上手くいかないことに出会ったときに、誰かのせいにするのではなく、自分の心に折り合いをつけていくこと、これからをどう作っていくかを考えることが、彼らには育まれているのだなと感じた一コマでした。
それからも、仲間のなかで思いのずれがあり、意見がぶつかることもありました。
「秘密基地」を全部自然の素材で作りたいお兄さんたちは、年下の男の子たちがブルーシートを使っていることが納得できません。
「どうしても使いたいなら、別々に作って」
と思いを伝えます。
でも年下の男の子も負けていません。
元々はお兄さんたちの姿に憧れて、「秘密基地」を作りたかったのでしょう。
ブルーシートは使いたいけれど、一緒に作りたいという気持ち。
自分はいいと思っていたのに、否定されて悔しい気持ち。
自分の気持ちと相手の気持ちのあいだで葛藤している様子が、彼の表情から感じ取れました。
両者が何も言わず、ピンと張り詰めた空気。
大人のほうが耐え切れなくなって、あいだに入ってしまいそうになります。
ですが、自分の想いと相手の想いを巡らせ、考える時間があるということは、前述のように、困難や葛藤にあっても自分の足で歩いていくためには必要な経験なのではないでしょうか。
危険があるということを知る
お昼が近づいてくると、調理が始まります。
調理に関しても、スタッフは子どもたちに声をかけますが、やりたい子がやる、という感じです。
「野外調理」というと気になるのが、「危なくないのか」ということだと思います。
もちろん包丁も使いますし、火も使います。
取材をさせていただいたのは11月、新学期が始まって8ヶ月が経っており、子どもたちの手つきも安心して見ていられるものでした。
これが新学期4月の時点では、スタッフもきちんと危険を伝えたり、配慮も今より手厚く行います。
調理に限らず、遊びの中にも危険を伴うことはたくさんあります。
てくてくの子どもたちは釘やトンカチもひとりで使います。
その際、必ずしもスタッフがついているわけでもなく、釘やトンカチについても自由に使えるように準備してあるのです。
でもそれは、スタッフが子どもたちの育ちをちゃんとわかっていて、今の時期であれば自由に使っても大丈夫だと理解しているからこその環境です。
実際、この日ひとりで木工をしていた女の子の手つきはとてもしっかりしていました。
てくてくで過ごす子どもたちは、身の回りには危険もあるということを体感としてわかったうえで、自分で考え遊びを作っていました。
もし、大人が先回りして「危ないからあれもこれもさせない」ようにしていたら、子どもたちは危険を知らずに大人になってしまいます。
大人もそうですが危険なことを知らないから、自分にもできると思って手をだしケガをしてしまうという事例が昨今は多いのではないかと思います。
危険を知ることで、いまの自分ができること、まだできないことを自分で判断する力も育ちます。
「なにが危険なのか」も大事ですが、「自分にとって危険なのか」という判断ができるかどうかも同じくらい大事なのではないでしょうか。
変化する自然のなかで、本物や美しさ、面白さに触れる
この日、お昼ごはんの調理をしている傍らで、「汽車ポッポ―するよ!」と張り切っている子どもたちがいました。
「汽車ポッポ―ってなに?」と聞くと、
「見てればわかるよ」とのこと。
彼らはかまどにどんどん木の枝を入れて火を焚きます。
するともくもく、もくもく……
まるで機関車の蒸気のように煙が上がりました。
子どもたちはその様子に大喜び!
思わず、「本当だ!汽車ポッポ―だね!」とこちらまでうれしくなってしまいました。
さらに、この日は特別な光景を目の当たりにすることができました。
もくもくと空に昇っていく「汽車ポッポ―」の煙が
木々の間から射す太陽の光に照らされ、なんとも神秘的な光景を作ってくれました。
「うわ~神様が下りてくるみたいだね」
そう言って、大人も子どもも自然の織りなす美しさに見惚れてしまいました。
森が与えてくれるものは、森で毎日過ごしていても、同じものはありません。
日々違う表情を見せてくれます。
いろいろな表情があるから、今日出会った瞬間がかけがえのないものになります。
いま、この瞬間にしかないこの時間、風景をともに感じるということ、その中で出会った思い、表すことばはきっとその子にしか語れないことばになっていくのだろうと思いました。
子どもを甘く見ないで、一人の人間として信頼する
一日てくてくで子どもや大人と過ごさせていただいて、「子どもをまんなかにしたフィールド」作りで大事なことは、子どもを一人間として信じるという姿勢なのではないかと思いました。
子どもはどんなに小さくても、自分の頭で考えることができます。
葛藤にあっても、思いを伝える、思いを受けとめることができます。
危険があると知ることは、自分の限界を知ることでもあります。
本物や美しさ、面白さに触れることは、子どもにこそ必要です。
子どもだからまだ理解できないのではなく、時には大人よりも感受性豊かに受けとめることができます。
子どもたちは可能性に溢れています。
その内なる力を大人が信頼して環境を整えることができたら、それが「子どもをまんなかにしたフィールド」になり得るのではないでしょうか。
そうして、てくてくの1日は終わっていくのでした。
てくてくの子どもたち、大人のみなさん
大切な子どもたちの日常をともに過ごさせていただき、ありがとうございました。
取材した場所
森のようちえんてくてく
住所:新潟県上越市滝寺251番地(事務所)
TEL・FAX:025−523−5166
Mail:info@green-life-school.or.jp
HP:http://www.green-life-school.or.jp/
諸岡 江美子
スノーデイズファーム(株)webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。