雪の日舎
新米がやってくる!今こそ知りたい、お米とくらし

第1話 お米とはぐくみびと〔前編〕はぐくむ日々は変化の連続~その中であなたは何を大切に生きますか?~曽根藤一郎(橋場さん)×佐藤可奈子対談

2017.11.03

第1話では、お米をはぐくむ人=「農家」にスポットを当て、お米をはぐくむ背景やその人の生き方から、農家ではない私たちが暮らしや子どもをはぐくむ毎日にも活かせる視点をお伝えしていきます。今回は数ある農家の中から、雪の日舎の佐藤可奈子とその師匠である「橋場さん」にお話を聞きました。佐藤が移住した当初から、農業のこと、地域のこと、そして確かな生き方について教えてくださった橋場さんは、いわば「はぐくみびと」の先輩。作物をはぐくむ人はもちろんのこと、子どもや暮らしをはぐくむママや女性にとっても、学べることがたくさんありそうです。

 

〔前編〕では、新米農家と先輩農家として、お互いの農業や思いについて語っていただきました。

 

 

〔お話を聞いた人〕

橋場さん  本名 曽根藤一郎(屋号 橋場)82歳

人からは屋号で「橋場さん」と呼ばれている。佐藤可奈子の農業の師匠。

十日町市池谷集落に生まれ育ち、現在まで暮らす。農業は中学卒業後15歳のときから68年続けている。現在お米は池谷集落のNPO法人地域おこしで「山清水米」として販売している。

 

佐藤可奈子 雪の日舎代表 30歳

2010年に十日町市池谷集落に移住、就農。雪の日舎の前身となる「かなやんファーム」から数えると、農業歴は7年目になる。

 

 

 

なんでもやってみる。そして地道に、着実に歩く。

佐藤 橋場さんは、15歳のときから今まで68年間お米作りを生業にしていますが、他にも畑をたくさん耕作していましたよね。今回は「新米の特集」ではありますが、畑作やその他の暮らしもひとつながりの「農家」としてさまざまな角度からお話を聞いていきたいと思います。まず畑作についてお伺いしたいのですが、以前はたばこもやっていましたし、さつまいもだってたくさん作って、お母さんと町に売りに行っていたのですよね。

橋場 葉タバコは栽培が大変でやめたんだ。そのあとにさつまいもを作るようになって。まずは、こうゆうさつまいもができたから食べてみてくれって、タダでさつまいもを配っていたんだ。そのうちお客が増えてきたら、俺が作る、ばあさまが売るっていう流れでずっとやってきたんだよ。ばあさまは町から嫁に来たから、町の方の知り合いがあったんで、秋になると毎日毎日町へ出て行って売っていたんだ。短期間のうちに結構稼いだんだよ。一日10万や15万稼いでいたんだ。

 

佐藤 芋で100万稼いだという話をよく聞いてたから、夢があるなぁと思っていました。いまも町では池谷のさつまいもは有名なんですよね。だから私が干し芋を売っていても「池谷のさつまいもはおいしいよね」と、わかってくれる人がいるんです。それはすべて橋場さんがベースを作ってくれていたんですよね。

橋場 結構名は売れていたよ。池谷の人はみんな作ったんだけど、うちが主に回って売ってたんだよな。

佐藤 確かにおいしいんです。土壌が合っているのでしょうね。いもの色もきれいですし。

橋場 土地に合ってるんだよね。お客がさ、あそこのいもはホクホクしてうまいって言ってくれて、それが口コミになるんだよ。「じゃあ店で売っているよりは、こっちのほうが割安だからこっちにしよう」ということで順々にお客が増えてくるんだよ。だから口コミっていうのは素晴らしいもんなんだよなぁ。結局「どうですか」って言ったって、「あぁさつまいもなら、よそからもらえるからいらない」と言われてね。食ってみないから、全然わからないんだよ。でも友だちが「うまいよ」と言うと、信用する。いまは特に、信用ってのが大事なんだよなぁ。まわりの人たちは自分で売りに行くことは全然してなかった。だからこそ、おらたちはやってみようと思って、売ってみたら結構売れるっていうことがわかった。やっぱりみんな欲しがってくれた。でもそこまでもっていくのも大変なんで、ある程度の忍耐力がないと続いていかねぇ。いっぺんにどんとお客が増えるわけじゃないから。去年はこの程度だったから、これくらい増やそうっていう加減でやってる。余ってもしょうがねぇからな。売れるだけの量を作るんだ。

佐藤 地道にお客さんをつけていくのですよね。何を売るにしても「まずはタダでもいいから食べてもらって、味を知ってもらわなきゃ」とよく言われるのは本当にそうだなぁと思います。

橋場 確かにお客を増やすにはそういう段取り、宣伝をやらないと。確実に「うまいよ」という納得をさせなきゃだめなんだ。

佐藤 お店に並べたからとか、ネットで出したからでは売れないですよね。

橋場 一回食ってみてあそこのはうまいよっていうことが、口コミで広がるんだよ。

佐藤 はじめの投資は必要ですね。でもいったん広がったら勝手に広がっていく実感があります。

橋場 だからいったん広まったら、絶対味を落とさないという自信がないと、ガタッと落ちてしまうんだ。味を平らに持っていくってことが大事なんだよ。まぁその年によって違うけれどもね。

 

農業は自然が相手。冬にトマトは食べなくてもいい。

佐藤 おととしくらいが気温が高くて。そのときはいもの糖度を測らずにこのくらいの時期になったからいいかなと思って、干すために茨城に送ったらやっぱり甘くならなかったんです。去年はちゃんと糖度を測って送ったらやっぱり今度は甘くなったんです。感覚じゃないんだ、品質なんだなと思いました。だからおととしの干し芋は甘くないって言われてショックでした。お客さんはもう買ってくれないかもしれないとすごいへこんだのです。去年は挽回できたのでよかったんですけど。維持するって難しいですよね。信用になりますし。

橋場 農家は自然が相手だからね。その年によって多少のずれはどうしようもねぇんだよ。自然が相手っていうことが買ってくれる人たちに知られればいいのだけどもね。

佐藤 それを理解してもらうには、コミュニケーションが大事ですよね。例えば、ニュースで野菜が高騰したと出たときは、それなりの理由があるんですよ。今年みたいに雨が多かったり、日照時間が短かくてなりが悪かったりする。そうなると、コストが上がって値段が高騰するのは仕方ないのです。でもそれは、消費者にはなかなか理解されないのですよね。

橋場 農業を大々的にやるには、品質を落とさない、量を落とさない、それでずっとやってきている。消費者もそれに慣れてしまっているんだよな。みんな自然のことには無関心なんだよ。いつどんなときも、おんなじ味なんだろうという感覚でいるから。

佐藤 変化するのが当たり前なのに、そうは思われない。都市というものは変化しないものなのかもしれないですね。スーパーに行ったら、食べ物も常に一定のものがありますし、価格も変わらない。確かにそうだなぁと思います。

橋場 それに、いまは日本の国ばかりじゃない、外国からも物が入ってくるんだから。季節なんてことは関係ないんだよ。

佐藤 別に冬にトマトは食べれなくていいのにって思いますよね。

橋場 トマトは一年中あって当たり前だと思っているんだよなぁ。野菜には、それぞれ作る時期があるからね。いつでも蒔けばその時期にとれるって考えるけども、本当はそうじゃないんだ。季節季節のものがあるんだ。

佐藤 その自然のリズムを知るところからが、スタート地点なのかもしれないですね。確かに移住したての頃は、いつ何の種を蒔いたらいいのかもわからなかったなぁ。

 

問題はお金じゃない、一生のうちにどれだけ得するか損するか

佐藤 橋場さんは他の職業をやりたいと思ったことはないのですか?

橋場 いやぁ、なかったんだよ。11月ごろから4月くらいまで、出稼ぎに出たんだが、そこで「ああこの仕事してえなぁ」って思うことはなかったんだよ。やっぱり農家のほうがいい。なんたって農家は自由がきくんだよなぁ。よその職業はひまがないんだよなぁ。一日同じ仕事でぐるぐるやっているから。農家は一日やそこらどうしたってもいいから。自由時間で自分の思い通りにできるから。

佐藤 毎日同じ作業でもないですしね。季節によってやることも変わるし。

橋場 まあ変化はあるわな。自分で楽しみというか、張り合いを見つけてやらないと。ただ骨折って汗水流してもどうも収入がねぇってあきらめちゃうとだめなんで。なんかうまいことを見つけてやれば、なんでも金にはならなくても、これを食べてれば俺は身体を維持していけるとか考えればね。いろいろなことを考えてみるんだ。例えば、自分で農薬を使ったものは食べたくねぇと思ってても、買うとなると食べざるを得ないんだよね。でも自分で作っていれば、農薬も使わずに好きなものが食べられるんだ。なにが言いたいかというと、一生のうちにどれだけ得するか損するか、そこが問題なんだ。金ばっかりが問題じゃねぇんだ。

 

つまづいたら、抜いてみる。そのときどきを大切に。

佐藤 昔は農業って家族中とか親戚中でしていたのが、機械が入ってきてひとりで農業できるようになってきて、作業自体も楽になりましたよね。それでもやっぱり昔のほうがよかったなぁと思うことはありますか?

橋場 いやあ、それはあるんだよな。いまはコミュニケーションがないんだ。昔はよそのうちも自分ちのような感覚で、今日はひとつ手が足りないから来てくれとか、じゃあすぐおまえんとこは行ってやろうということがあったんだけども。いまは、お伺い立てて前もって計画して手伝うけれど、ほんとうはそうじゃない、昔はすぐに行ったり来たりしていたんだ。それでコミュニケーションがとれていたんだ。

佐藤 それは家族関係なくというか、村の人はそうしていたんですか?

橋場 そうだ村の人はみんなそうしていたんだ。

佐藤 それはお返ししたり、賃金払ったりとかもなくてですか。

橋場 そうだ。やりとりでやってた。金がとれねぇシャバだから、昔は手間で返すとかさ。そういう物々交換的なことをやってたんだ。いまはなんでも金でやりとりするから。その時代時代によって違うんだよな。

佐藤 農作業自体が楽になった分、そうなんでしょうね。

橋場 隣の人が何しようと関係がなくなる。昔おらが出稼ぎに行ったところはそうだったけども、だんだんとこっちのほうにも来ている。全然干渉しねぇし、なにしようとどうってことねぇ。そういう空気がこの部落にもあるわけだ。なにしようと関係ないよと。どこでもそうだと思うんだけど。だから助け合おうという気持ちが薄れちゃうんだ。それでもこの山間地はまだそういうコミュニケーションがあるだけ、となりの人があれしたら助けてやろうという気持ちはまだあるけどもなぁ。

佐藤 やっぱりひとりで作業してたら、捗らないというか、つまらない。橋場さんとふたりで一緒に農業していたときは楽しかったですね。ひとりよりも、ふたりでやるのが単純に二倍にならないこともあるし。ずっと向かえるというか。

橋場 一人でするのと二人でするのは全然違う。二倍にも三倍にもなる。でも一人でやるには段取りを考えてやらないと。そこなんだよ。だから仕事が遅れるとか、草ぼうぼうとか、そういうことになるんだよ。優先順位を決めて、計画をうまーくやると、一年うまくいくんだ。

佐藤 ひとりならひとりのやり方がある。

橋場 そう。一つ狂うとずんずんずんずん狂ってくる。ローテーションが狂ってくるんだ。

佐藤 本当にそうですね。春つまづいたら、秋まで引きずる。

橋場 つまづいたら、これだけは抜いていいんだっていうところを抜いて次飛ばしていくという考えでやらないと、遅れちゃって遅れちゃってしょうがなくなる。

佐藤 その優先順位を考えないとですね。最初つまずいたところを取り戻そうとぐずぐずしていると全部が遅れている。そっか、どっかを抜くというのを考えたことがなかった。

橋場 その時期時期を上手に使うっていうことだ。野菜は正直だから、その時期時期じゃないとうまく育たないんだよ。

 

 

 

作物をはぐくむ日々も、子どもをはぐくむ日々も、変化の連続という点では、橋場さんの語ってくれた言葉は、子育てのヒントにもなるかもしれません。

例えば、子どもが成長していく過程での欲求も「いま」受けとめなければ、子どもの心を満たせないことがあります。それは野菜に手をかけるタイミングと同じように、子どもにも手をかけるタイミングがあるということです。その子の様子をしっかり見て、欲求に応えるという点では同じ。でもだからといって、すべてを完璧にやらなければいけないわけではない、親だってつまづくことはある、そんなときは「どこかを抜く」ということも大事なんですよね。

そしてやみくもに抜くのではなく、あなたにとってのしあわせの軸をまんなかに据えて、抜けるところを抜いていく姿勢が必要なのではないでしょうか。

さあ、あなたは何を大切に生きますか?

 

〔後編〕では、橋場さんが大切にしてきた生き方にグッと迫ります。

 

 

 

 

 

■橋場さんに教えていただき、今年で7年目!

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諸岡 江美子

諸岡 江美子

雪の日舎webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。