無理はしない。やらないと決める潔さで、自分なりの心地よさをつくっていく。〜NPO地域おこし 多田美紀さん 新潟県十日町市池谷
2018.08.10
「移住」とは、暮らす場所を変えること。それは人生における一つの変化であり、一つの選択です。「移住」のきっかけは、人それぞれですが、移住女子たちに共通するところは、「移住」という一つの変化の中で、どう自分らしく、心地よく生きていくかに真摯に向き合っているところなのではないかと気付きました。
それでなくても女性は、結婚、出産、子育て、介護など、ライフステージの変化に心も体も環境も影響されやすいです。その分、しなやかであるけれど、悩むことだってたくさんあります。だからこそ、移住女子たちは、変化の中でも何を大切に生きていきたいのかがよく見えてくるのだと思うのです。
そんな移住女子たちのリアル、そしてしなやかさを、1週間のおわりにお伝えすることで、週末の時間にあなたにとっての「自分らしく生きる」を考えるきっかけになり、新たな気持ちで次の1週間に向かうことができたらうれしいです。
「昨日は近くに住んでいる友達と、子どもたちを連れて川に遊びに行ったんですよ。半日どっぷり遊べました。近くにそんな場所があるっていいですよね。」
挨拶がてら、笑顔でそう話してくれたのは、十日町市池谷に移住して8年になる多田美紀さん。
多田さんは、旦那さんの移住に付いてくる形で、2010年2月に東京から移住してきました。
多田さん自身は、田舎暮らしには全く興味がなかったと言います。そんな多田さんが、一体どんな気持ちで移住を決め、限界集落と呼ばれる土地でどんなふうに暮らしてきたのか、今回じっくりと聴かせていただきました。
「こりゃもう逃げられないぞ」
「はじめに主人から移住の話を聞いたときは、何言ってんの?って感じでした。
東京にいたときは仲のいいママ友たちがいて、毎日楽しくて、ずっとこの生活が続くものだと思っていたんです。
だから、なんで私だけそんなところに行かないといけないの?って思っていました。」
そう語る多田さん、当初は移住には大反対だったとのことです。
そんなある日、旦那さんは多田さんを集落の盆踊りに誘ったのだそう。
その盆踊りとは、池谷集落にとって30年ぶりの復活という、大きな意味のあるイベントでした。
はじめは行く気がなかった多田さんも、旦那さんの必死のお願いを受けて、行ってみようと決めます。
「実際に来てみたら、思ったより田舎でした(笑)と同時に、集落に入って行くと、ボランティアさんたちもたくさん来て、人が溢れていてびっくりしました。」
実際に足を運んでみたところ、印象は良かったようです。
そのあとも稲刈り、収穫祭と旦那さんとともに参加した多田さん。
その収穫祭では、「多田さん一家です!」とみなさんの前で紹介もされ、「こりゃもう逃げられないぞ」と感じたんだとか。
「周りに固められているな〜と思ったのと、そのタイミングで主人の仕事も決まったので、ああ、そうかぁと思い、私も折れました。今後どうなるかわからないけれど、まぁいいかって。」
8年間で変わっていった気持ち
「池谷集落には中越地震後から、復興後も集落のために引き続き通ってくれるボランティアの方 たちがいたんです。はじめは、その方たちのように週末にここに来て、自然に癒され、ムラの人や 他のボランティアの人と交流することでエネルギーもらって東京に帰る。それで十分なんじゃな いのって思っていたんです。」
それでも、旦那さんから「ここに住まないとできないことがある」と説得されて移住した多田さん。
実際に移住し、地域の方に助けてもらいながら生活していく中で、その思いは徐々に変わっていったと言います。
「いまは当時と思いが逆転しましたね。こっちにいる方が落ち着くんです。だからこっちに暮らして、たまに都会に行ければいいなって思っています。」
あんなに田舎に興味がなかった多田さん、なぜそう思うようになったのでしょうか。
「都会に戻っても暮らせるとは思うんです。ただ、こっちにいるとその季節の旬のものを採りたてで食べられる。やっぱりそういう暮らしはこっちじゃないとできないですよね。」
今回記事内で使用する写真を撮影するのに、「お気に入りの場所はありますか?」と聞くと、
池谷よりもっと奥の山の中の川を紹介してくれた多田さん。
「私、動物とか虫苦手なんですよ〜。」
と言いながら、草むらをサンダルでズンズン進んでいくたくましさ。
「ここの川は周りに誰もいなくて、本当に心地いいんです。」
そう話す多田さんからは、本当にこの場所が好きなんだなということが伝わってきました。
家から職場まで徒歩1分、集落の中で暮らし働くということ
実は多田さん、3人のお子さんを育てながら、NPO地域おこし内で販売している山清水米の販売事務の仕事をしています。
その職場がご自宅から徒歩1分という近さなのです。
「この仕事は、私が移住を渋っていたときに、こっちの皆さんが何が不安なんだ?と色々考えてくれたんです。私が経済的に不安だという話をしたところ、ちょうどお米の販売を始めたところだから事務をやってくれないかという話になり、それから8年間ずっと携わっています。
私も子どもが生まれたり、育てながらだったので、そんなにバリバリも働けなかったし、助かりましたね。」
3人の子どもを抱え、働く。そして家も職場も集落内。
それは体力的には効率的だったかもしれません。
しかし、行動範囲が限られるという面では、精神的に大変なこともあったのではないでしょうか。
「子どもを学校や保育園に送ったら、仕事をする。家事にも追われて。集落を出るのは保育園の送り迎えくらい。なかなか外へ出る機会がなかった時期もありました。同じ集落に移住してきた女子たちもいましたけど、若いし独身だったので、彼女たちがどんどん外に出てコミュニティが広がっていくのを、羨ましく思っていたときもありました。いいなぁって。」
そう振り返ってくれた多田さん。
その一方で、そういった思いも子どもの成長とともに、変化してきたことも話してくれました。
「長男が小学校に上がってからはPTAの集まりがあってお母さんたちと話す機会ができたり、最近は楽しいことも増えたんですよ。」
無理をしないと決める
今回お話を聞きながら、集落の周辺も案内していただきました。
青々とした田んぼを前に聞いた
多田さんも農作業をお手伝いされているんですか?という質問に
「私はしません」
ときっぱり答えてくれた多田さん。
「田植えとか芋掘りとか、忙しいときは手伝いますけど、基本的には私はやりません。
あんまり無理しないようにしています。」
取材中も何度も
「私は流されっぱなしで……」と話す多田さんでしたが、
その中でもご自身のペースは崩さず、「できないことはできない」「やらない」という、潔さがありました。
移住すると、良くも悪くも「田舎のルール」のようなものがあったり、
「移住者」=「農業をやる」というような、視線を感じるようなこともあります。
何より、人も少ないですし、やらなければならないこともたくさんあります。
地域の行事だって、たくさんあります。
そんななかでは、できる範囲で頑張る一方で、自分の許容量を考えて「やらない」選択をすることも、とても大事なことだと思うんです。
頑張りすぎて、潰れてしまっては、移住者自身も地域にとっても不幸だから。
そして「やらない」選択をするということは、他に大事にしたい「やること」があるから。真剣に向き合っているからこそ「やらない」。
それって、実は何より自然体なのではないでしょうか。
自分の意思ではなく移住してきた多田さんが、8年もの間子どもを抱えながらここで暮らしてこれたのは、そういった自分自身への理解とゆるやかさ、そして潔さを持ち合わせていたからではないかなと感じました。
誰でもない自分の人生、全てが自分の思い通りに行くことばかりではないけれど、小さくても自ら選択することをあきらめない。それが、様々な変化のなかで自分らしく生きていくヒントなのではないでしょうか。
お話を聞いた人
多田美紀さん
1978年生まれ。兵庫県尼崎出身。2010年に十日町市池谷集落に夫と息子と3人で移住。現在は3児の母。池谷集落内にあるNPO地域おこしで販売している「山清水米」の事務を担当している。
池谷集落
2004年の中越地震をきっかけに、廃村になった入山を含め、集落の灯を絶やさないために、様々な地域活性化の取り組みを続ける。現在は若い移住者、子供も増え、限界集落ではなくなっている。
■多田さんが携わっている「山清水米」は、こちらから購入いただけます!
諸岡 江美子
スノーデイズファーム(株)webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。
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