「お母さんになりたい」という夢を、支えてくれる場所〜吉田咲さん 長野県栄村小滝
2017.12.09
「移住」とは、暮らす場所を変えること。それは人生における一つの変化であり、一つの選択です。「移住」のきっかけは、人それぞれですが、移住女子たちに共通するところは、「移住」という一つの変化の中で、どう自分らしく、心地よく生きていくかに真摯に向き合っているところなのではないかと気付きました。
それでなくても女性は、結婚、出産、子育て、介護など、ライフステージの変化に心も体も環境も影響されやすいです。その分、しなやかであるけれど、悩むことだってたくさんあります。だからこそ、移住女子たちは、変化の中でも何を大切に生きていきたいのかがよく見えてくるのだと思うのです。
そんな移住女子たちのリアル、そしてしなやかさを、1週間のおわりにお伝えすることで、週末の時間にあなたにとっての「自分らしく生きる」を考えるきっかけになり、新たな気持ちで次の1週間に向かうことができたらうれしいです。
「お母さんになりたい」
記念すべき移住女子一人目は長野県栄村小滝集落に移住した吉田咲さんです。吉田さんは2015年、結婚を機に夫が働いているNPO法人が活動する栄村に移住しました。
今回吉田さんに真っ先にお話を聞きたいと思ったのは、以前移住女子会での吉田さんの言葉が心に残っていたからでした。移住女子たちが集まると、地域への思いで熱くなることもしばしば。「地域はもっとこうでなくちゃ」「今度の選挙は〜」など、地域づくりや政治の話になることも多いのです。その日も、集まった移住女子たちが自分が地域でこんなことやりたい、あんなことやりたいと熱いトークを繰り広げていたのですが、そんな中吉田さんは「私はお母さんになりたい」と話していました。そう迷いなく話していた吉田さんの言葉がとても印象的で、忘れられませんでした。
いまの時代、「お母さんになりたい」、それが夢と胸を張って言える人はどのくらいいるのでしょうか。「お母さんになる」ということは、仕事や趣味ややりたいことを諦めなければいけなかったり、少子高齢化のために社会からプレッシャーを感じたり、なんだかマイナスイメージばかりが取り沙汰されているような気がします。だからこそ、当たり前のことなのでしょうが、改めて「お母さんになりたい」と話していた吉田さんの柔らかくも、しゃんとした姿が忘れられなかったのです。
そのときのことを吉田さんはこう振り返ります。
「正直言うと、その会のときは孤独感を感じていたんです。後々家に帰ってから、あの言葉は言っちゃいけなかったかもしれないと思っていました。みんなは『〇〇がやりたい』という明確な思いを持っていたので、私は何もないなと思って、逆に羨ましいなと思っていました。だからああ言ったものの、実は結構気にしていたんです。」
ではなぜ「お母さんになりたい」ということが夢だったのでしょうか。実は吉田さんは、移住前は地元の静岡で幼稚園教諭として働いていました。
「幼稚園の先生になるという夢は小学校の頃から持っていました。でも、それ以上にお母さんになるというのは根底にあったんですよね。だから、いつか自分の子どもを育てるということは漠然と想像していたんです。自然とそういう風に育って来た感じはありますね。母の影響は大きいのかな。ずっと専業主婦で、いちばん近くにいてくれたんです。母が理想なんですよね。お母さんに早くなりたい、そう思っていました。」
子どもが生まれて改めて考える、私たちの幸せ
そんな吉田さん、2017年2月に待望の男の子を出産しました。地元の静岡での里帰り出産、大好きなお母さんのそばで自分もお母さんになる、それは吉田さんが小さい頃から思い描いていた夢でした。と同時に、生まれてきた子どもは「ダウン症」(*1)と診断されました。このときの心境を吉田さんはこう語ります。
「ダウン症、と聞いた時、大きな衝撃で、正直受け入れるまでに時間もかかりました。でも必死に生きようとする我が子を見ていくうちに、親としてこの子のためにより良い環境を与えなくてはと思い始め、真っ先に栄村の環境はどうなのだろう…と考えました。大きな病院はない、療育施設もない、教育環境もどうなのだろうか、障がいに対しての理解は…など一気に不安になり、栄村にいたいけれど、栄村から出た方がいいのではないか、とそんなことを思っていました。
しかし夫婦で何度も話し合った末、そもそも自分たちがなぜ、栄村を好きになったのかを考え直すと、あたたかい人たちとこの豊かな自然の中で子育てがしたいと思ったからでした。親として子どもを一番に優先して考えることは当たり前のこととしてありますが、親自身も心地よいと感じる場所や人との中で生活や子育てをしていくことが、巡って子どもの心の成長になるんじゃないか、そう思えるようになって、栄村に帰ってこようと決めました。」
(*1)正式名は「ダウン症候群」(最初の報告者であるイギリス人のジョン・ラングドン・ダウン医師の名前により命名)で、染色体の突然変異によって起こり、通常、21番目の染色体が1本多くなっていることから「21トリソミー」とも呼ばれます。この染色体の突然変異は誰にでも起こり得ますが、ダウン症のある子は胎内環境がよくないと流産しやすくなるので、生まれてきた赤ちゃんは淘汰という高いハードル乗り越える強い生命力をもった子なのです。
ダウン症の特性として、筋肉の緊張度が低く、多くの場合、知的な発達に遅れがあります。発達の道筋は通常の場合とほぼ同じですが、全体的にゆっくり発達します。
心疾患などを伴うことも多いのですが、医療や療育、教育が進み、最近ではほとんどの人が普通に学校生活や社会生活を送っています。
待っていてくれた、小滝んしょ
夫婦ふたりで決めた、栄村での子育て。それは挑戦の連続かもしれません。ですが、吉田さんが栄村に帰って来ることを決心したもう一つの理由がありました。
「いま住んでいる小滝集落の皆さんが、待ってるよと言ってくれたんです。何よりも私たちのことを受け入れてもらえたのが大きいですね。」
そう語る吉田さんは、今年の10月に小滝集落の神社で家族3人での門出となるウェディングパーティーを開きました。このパーティーにはもちろん小滝集落の皆さんも参加されており、お母さんたちの郷土料理が並んだビュッフェや、男の人たちによる獅子舞、老若男女参加のハーモニカ演奏など、小滝集落の皆さんの想いがたくさん詰まった温かいパーティーになりました。
そのパーティーの結びに、小滝集落の方が語った言葉に、吉田さん夫婦がこの地を選んだ理由が現れていました。
「両家の皆さん、ご友人の皆さん、吉田家のことは小滝んしょ(*2)に任せてください。」
この力強い言葉にその場にいた二人のご家族やご友人も安心したのではないでしょうか。
(*2)小滝集落の人たち
お母さん、楽しいです。
子どもの頃からの夢だった「お母さん」になった吉田さん、実際子育てが始まってどう感じているのでしょうか。
「うん、楽しいです。確かに、外に出る時間が減ったとか自由な時間はなくなったんですけど、今二人でいる時間がこの時期しかないんだなって思うと、かけがえない時間だから。逆に二人っきりでいたいと思ってしまいます。ゆっくり一日この子に合わせて生活するっていうのも、贅沢な時間を過ごしているなと思います。ちょっと考えすぎると、こもっちゃうなっていう瞬間はあるんですけど、外に出ると誰かに会うから、それはすごく嬉しいですね。なので孤立することってないのかなって思います。」
これが都市部で子育てしていると、子育て支援センターや子育て広場に行かないとなかなか気軽に話せる人に出会えません。さらに、そういう場所で出会うのは、同じお母さんか、支援員、保育士に限られてしまいます。そうしたら何処へ行っても、子育ての話になってしまうのです。それは子育て支援サービスとしては充実しているのかもしれませんが、意外と窮屈なことなのかもしれないなと思います。
「こっちだと隣のおばあちゃんに会うんですよ。そうすると子どもの話もするけれどそれだけではなくて、今の野菜はね……っていう話になるんです。それが心地いいのかもしれませんね。別に子育ての話じゃなくても誰かと繋がることができるんです。」
地域にはいろんな年代の人がいる、そしていろんな話ができる。隣近所の関わりが深い、農村地域は多様性が溢れている場所なのかもしれません。
自分にとってのぶれないしあわせの軸であった「お母さんになる」という夢を叶え、悩みながらも地域とともに一歩一歩踏みしめる吉田さん、これからは自分と子どものしあわせを軸に、力強くしなやかに歩んでいくのだろうなと思います。
さて、あなたのしあわせの軸はなんですか。
少し立ち止まって考えてみませんか。
お話を聞いた人
吉田咲
1990年生まれ、静岡県裾野市出身。現在は長野県栄村小滝集落に夫と息子と3人暮らし。元幼稚園教諭で、出産前は村の学童やイベントなども手伝う。今後は息子を連れて、さまざまなイベントや活動に参加したい。
人口1900人余りの長野県栄村にある、13軒の小さな集落。全戸が出資する合同会社小滝プラスを立ち上げ、米の販売や農村体験など地域をつなぐ活動を積極的に行う。
諸岡 江美子
スノーデイズファーム(株)webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。
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