第5話 母として、仕事人として、まっすぐな想いが人の心を動かす〜農プロデュースリッツ 新谷梨恵子さん/新潟県小千谷市
2019.06.24
世代を超えて見えてきた、視点
「どうしたら、子育てしながら自分らしく働き続けることができるのだろうか」
そんな私たちの悩みからスタートしたこの特集。
第1話では雪の日舎の女性メンバーの座談会をお届けしました。その中でも、佐藤が小さな子どもを育てながら農業を続けていくにあたり、さまざまな壁や悩みにぶち当たったこと、いまもあり方を模索しながら働いていることをお話しました。
第2話からは、農業に携わる女性たちがどんな思いで、どんな工夫を凝らしながら、この雪国で農と子育てを両立してきたのか。
それぞれの年代別に聞いてみました。
今回お話を聞いたのは、「農業」に携わる女性でしたが、皆さんが共通してお話してくださったことからは、直接「農業」に関わっていなくても、どんなお母さんの心にも響く大事な視点だったなと感じています。
まずはすでに子育てもひと段落した、先輩お母さん世代に当時の女性の働き方と子育てのサポートについてお聞きしてきました。
第2話 「季節保育園ってなに?」農家の暮らしに合わせたサポート〜水落静子さん/新潟県十日町市
第3話 母のあり方に人が集まる「農業も子育ても、おおらかに」福嶋恭子さん/新潟県十日町市
第4話 働きたい思いを叶えてくれた地域。だからママ農家の「ほしい」ものを代弁してゆく〜笠原尚美さん/新潟県阿賀野市
4人目にお話を聞いたのは小千谷市でさつまいも農カフェきららを経営し、農プロデュースリッツとして、農家と消費者をつなぐプロデュース事業を展開する、新谷梨恵子さんです。
今回は新谷さんが経営する、さつまいも農カフェきららにてお話を聞かせていただきました。
このお店、メニューには「さつまいも」がふんだんに使われていると聞き、一体さつまいもでどんなバラエティに富んだお料理が出てくるのだろう?と、わくわくしつつ、さつまいも満載のランチって、すごくお腹にたまりそうだなぁと少し不安も抱えながら、ランチメニューを頼みました。
しかし実際に食べてみると、想像していたさつまいもの重さはなく、調理方法も様々なので飽きもせず、あっという間にお皿は空に。
お恥ずかしながら、「さつまいも」と聞くと、焼き芋、ふかし芋、スイートポテト……などしか思い浮かばなかった私ですが、さつまいもってこんなにいろんな可能性を秘めているんだ!と衝撃を受け、すっかりファンになってしまいました。
「さつまいもが好きで、さつまいもの勉強をしたくて大学に行ったんです。小千谷に嫁に来てからも、さつまいもで町おこしがしたかった。さつまいもがいいんです。」
そう語る新谷さんと、実際のきららのメニューを拝見して、さつまいも愛をひしひしと感じる取材のスタートでした。
仕事も子育ても全力で。やりたいことにひたむきな母の背中を見て、子どもは育つ。
現在は起業されて事業を展開している新谷さんですが、それまでは地域の農業法人で働いていたと言います。
起業されたのはお子さんが高校生と中学生になってから。
一番手のかかるだろう子育て期は、農業法人で働きながら子育てしていたのです。
その頃の子育てを振り返って、新谷さんは次のように話してくださいました。
「今振り返ると、子どもには寂しい思いをさせてしまったのかなと思うこともあります。でも、以前息子に聞いたら、『寂しい思いをしたことは全くないね』と言っていたんです。『だって家にお父さんもお母さんもいたし』って。
確かに、当時は土日も田植えや稲刈り、イベント出店にも、子どもも連れていっていました。休日に母親がいなくて、何しているのかわからなかったなら、寂しい思いもしていたのかもしれません。でも、イベントで売り子しているのを見ていたり、稲刈りしたりするのを見ていたから、お母さんってこういう仕事しているんだなということは子どもながらにわかっていたのだろうと思いました。」
また最近あった息子さんとのうれしいエピソードも、教えてくれました。
「実は先日、息子の学校で講演をしたんです。息子の目の前で講演するのは初めてで。多感な時期だから、嫌がるかなと思っていたんですけど、『尊敬している』と言ってくれて、本当にうれしかったです。子どもって、ちゃんと親の姿を見ているんだなって思いました。」
そんなふうに、お子さんがお母さんの姿をしっかりと見てくれている背景には、お母さんがしっかりとお子さんを見ていたということがあるのだろうと思います。
そんな親子の関係性を感じさせるのが、新谷さんのこんな言葉でした。
「仕事ももちろん全力でやっていましたけど、同じくらい子どものことも全力でした。子どもが野球をやっていたので、試合があったときは絶対行くようにしてました。もう、全力で応援していましたよ。仕事も子育ても全力だったからこそ、もっとああすればよかったと思うことはないですね。子育ては楽しんでいたと思います。
前の会社はそういうふうに子ども優先にしていいよと言ってくれていたので、それもありがたかったです。」
「子ども優先でいい」理解ある職場に支えられて
新谷さん自身がひたむきに子育てをしながら働くかたわらで、当時働いていた会社もとても理解があったと言います。
「社長にはとても感謝しています。子どもが風邪をひいたときは、すぐ行きなさいと送り出してくれました。『子ども優先にする』ということを、自分で選ぶことができたんですよね。」
また農業法人で働く前は、息子さんが生まれてすぐの頃、近くのお店で働いていたこともあるという新谷さん。当時も、子育てに理解のある職場でとても助けられたと話してくれました。
「赤ちゃんをおんぶして、働いていました。すごいアットホームなお店だったんですよ。
子どもが泣いてたら、お客さんが抱っこしててくれたりして。
すごく働きやすかったです。」
地域のサポートを活用しながら、ほしいものは自分で作ればいい。
「地域には子育て支援もありましたし、そこでいろんな出会いもあってとても助かりました。私は引っ越してきて、こっちに友達もいなかったし、小千谷で集まりがあれば参加していましたね。そんななかで『来週も会おうよ』って話が、だんだんと広がっていったんです。そういうネットワークは作ればいいんだなって思いました。
すでにある地域のサポートもうまく活用しながら、足りない部分は自分たちに合うものを作っていけばいい。ここ『きらら』もそういう場になればいいなって思ってやっています。」
そんな新谷さんのお店は、この日も子ども連れのお客様で賑わっていました。
またお店の奥にはレンタルスペースも。
地域のお母さんたちが集まる場としても、活用されているようです。
自分がしてもらったように、お母さんと子どもを大事にしたい
「私自身が子育てのときに会社に支えてもらった経験があるので、この店もそうしたいと思っているんです。
実はいまうちのスタッフは、みんな同じ小学校のお母さんなんですよ。だから子どもの行事も重なるんですね。授業参観とか運動会とか。
そうするとお店に出れるスタッフがいなくなってしまうのですが、そのときは私がその分頑張ればいいと思ってやっています。
いっときなんですよ、子育てって。そして、その瞬間はその子たちにとってそこしかないんです。仕事ももちろん大事ですけれど、やりくりすればどうにかなります。
みんなにあのとき見ておけばよかったって思ってほしくないから。全力で子どもといてもらいたいから、子ども優先にしています。
母親の代わりは誰もいないんですよね。」
そんな思いで開いてきたお店も4年目。
やってきたからこそ、感じることを話してくださいました。
「最初の頃よりも、来てほしいお客様が来てくださるようになったなという感覚があります。
やっぱり子育て中のお母さんに来てほしいんです。平日はママさん限定くらいのつもりでやっていて、それをちゃんと伝えてたら、ちゃんと届いたんですよね。4年間続けてきてよかったなと。」
それは母としての経験からくる思い、そして経営者としてその思いをどうお店で表現していくのかという、子育てしながら働く多くの女性にとってもヒントと勇気につながる言葉でした。
「ママさんたちって、必ず育休が開けて仕事復帰していくんです。そういうママさんとは1年の付き合いなんですよ。そうしたらまた0になって、新しいお客様と出会っていかないといけないんですけど。でもお客様が減っていく感覚ってないんですよ。その方達が次のステージに行って、平日来れなくなっても一年に一回来てくれたり。二人目生まれてとか、また戻ってきてくれるイメージがありますね。子どもたちも赤ちゃんから見ていて、歩くようになったり、保育園に行くようになったりする姿を見ていると、私も嬉しいんですよね。
『子どもがきらら行きたい』って言うんだと、お母さんが教えてくれるのは、本当に嬉しいことですね。
みんながきららに来て、『美味しい』って言って笑顔を見せてくれるのが、私の幸せです。」
「きらら」
このお店の名前は、新谷さんが大好きなさつまいもの一つ「ベニキララ」からきています。
その名前と同じように、きらきらとした笑顔でお話してくださった新谷さん。
その根底には、「さつまいもが好き」「頑張っている農家さんの力になりたい」という情熱と「子育て中のお母さんと子どもを大事にしたい」というまっすぐな想いが、存在するのだろうと感じました。
「好き」「こうありたい」その純粋な想いが強いほど、周りにもその想いは伝わるものです。
そんな新谷さんの仕事人としてのあり方、そして母としてのあり方、どちらもあるからこそ周りの人たちもお子さんたちも惹かれるのだと感じる取材でした。
そしてその情熱が、さまざまな農家さんをつなぎ、きららのメニューにも表現されているのだなと思うと、さらに味わい深く、また違う季節にも訪れたいなと思うのでした。
第3話でお話を聞いた、十日町市の農家レストラン「越後妻有のごちそう屋ごったく」の福嶋さん同様、「さつまいも農カフェきらら」も新谷さんのこの笑顔に元気をもらいに、足を運ぶ親子がたくさんいるのだろうなと思います。
新谷さん、ありがとうございました。
お話を聞いた人
新谷梨恵子さん
東京都出身。さつまいもが好きで、さつまいもで町おこしをしたいと農大へ進む。結婚を機に夫の地元である新潟県小千谷市に移住し、子育てをしながら地域の法人などで農業や町おこしに携わる。農業法人で、本格的に農業生産や6次産業化に携わったのちに、さつまいも農カフェきららをオープン。今では地域の親子の居場所としても活用されている。また、農プロデュースリッツとして法人化し、農家と消費者をつなぐ新潟県初の6次産業化プロデューサーとして、地域の農家さんたちのよき相談役としても活躍されている。
■新谷さんをはじめ、県内のママ農家20~80代のみなさまにどんな子育て農業をしてきたか、どんな「くらし・しごと・こそだて」のブレンドをしてきたか、聞き取りやアンケート調査を実施し、白書にまとめました!
農あるくらしと、こそだて白書(ゆきのひノート特別編)「くらし・しごと・こそだてをどうブレンドして、私らしいしあわせ作れる?」

諸岡 江美子
スノーデイズファーム(株)webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。
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