雪の日舎
くらす、働く、子育てする、里山の女性たち

第7話 矛盾してたっていい。「いま」に合うかたちは変化し続ける〜宮原由美子さん/新潟県十日町市

2019.09.20

世代を超えて見えてきた、視点

「どうしたら、子育てしながら自分らしく働き続けることができるのだろうか」

そんな私たちの悩みからスタートしたこの特集。

 

第1話では雪の日舎の女性メンバーの座談会をお届けしました。その中でも、佐藤が小さな子どもを育てながら農業を続けていくにあたり、さまざまな壁や悩みにぶち当たったこと、いまもあり方を模索しながら働いていることをお話しました。

第2話からは、農業に携わる女性たちがどんな思いで、どんな工夫を凝らしながら、この雪国で農と子育てを両立してきたのか。

それぞれの年代別に聞いてみました。

 

今回お話を聞いたのは、「農業」に携わる女性でしたが、皆さんが共通してお話してくださったことからは、直接「農業」に関わっていなくても、どんなお母さんの心にも響く大事な視点だったなと感じています。

 

 

まずはすでに子育てもひと段落した、先輩お母さん世代に当時の女性の働き方と子育てのサポートについてお聞きしてきました。

 

第2話 「季節保育園ってなに?」農家の暮らしに合わせたサポート〜水落静子さん/新潟県十日町市

第3話 母のあり方に人が集まる「農業も子育ても、おおらかに」福嶋恭子さん/新潟県十日町市

第4話 働きたい思いを叶えてくれた地域。だからママ農家の「ほしい」ものを代弁してゆく〜笠原尚美さん/新潟県阿賀野市

第5話 母として、仕事人として、まっすぐな想いが人の心を動かす〜農プロデュースリッツ 新谷梨恵子さん/新潟県小千谷市

 

続く第6話からは、現役子育て世代のお母さんたちに、今日までの葛藤や工夫を含めたリアルな心境をお聞きしてきました。

第6話 夫婦で移住。公共サービスをフル活用することへの期待と葛藤〜宮崎綾子さん/新潟県津南町

 

続く第7話では、宮崎さん夫婦同様、夫婦で十日町市に移住し、農業を営む宮原由美子さんにお話を聞きました。

 

子どもの成長とともに、変化していく子育て環境

宮原さんは、旦那さんの仕事をきっかけに十日町市へ移住。2人のお子さんを十日町市で授かり、自然環境豊かな農村で家族4人で暮らしています。

 

お子さんが生まれてからは、子育てを中心に生活していたという宮原さん。その裏にはこんな思いもあったと言います。

 

「なんとなく、ちいさい頃から保育園に入れるのはかわいそうかなという気持ちがあったんです。でも実際に入れてみたら、子どもは楽しそうだったんですよ。この集落にいると他に子どももいないから、保育園に行くことで友達ができたのが楽しかったんでしょうね。」

 

また、保育園以外の地域の子育てサポートについても、こう話してくれました。

 

「昔、子育てサポートセンターも使ってみたんですけど、結局車で市街まで行かないと預けられなくて、ほとんど自分で見ていましたね。その分、集落では14年ぶりの子どもだったので本当に可愛がってもらって、助かりました。」

 

 

農村部だからこその、子育てしやすさを実感するとともに、難しさも感じていたようです。

 

「ただ、見てもらいたいってときって大体具合悪いときじゃないですか。さすがに具合悪いときに近所の方に見てくれってできないんですよ。だから自分で見るしかないですよね。子どもがいないおうちが多いから、最初はどう関わったらいいかわからなかったりもしました。」

 

そう語る宮原さん、現在は子育てについても当時より周りの方たちと協力し、やりやすくなったそうです。

 

「学童もあるんですけど、夏休みとか長期の休みのときだけ行っています。なるべく私が仕事がないときは近所の子を呼んで、うちで遊ぶようにしてますね。学校があるときは子どもが帰ってくる時間には家にいるようにしています。農作業していても、私だけ先に帰ってきて、子どもを迎えられるように。

 

最近になって、お母さん同士で『今日バイト休みだから見るよ』とかで預け合えるようになったのも大きいですね。上の子は空手を習っているんですけど、農繁期とか忙しいときは『ごめん連れてって』とお願いしています。

 

保育園のときもできたのかもしれないけど、小学生くらいになると自分たちで遊べるようになるから預けやすいのかもしれませんね。

 

 

そう振り返る宮原さんに、「では乳幼児期にもっとこういったサポートが欲しかったということはありますか?」と質問してみました。

 

「その都度その都度、『あぁ、もう一人手があったらな』と思ったことはあったけど。でもなんとかできたかな。大事なのは、気張りすぎずに、適当に考えることじゃないかな。」

 

同じお母さんでも、どんなことがその人にとって大変か、辛いのかは人それぞれ。子どもも一人ひとり違えば、お母さんだって違う。

そんな子育ての中で、どう自分を保っていくかは、宮原さんの言うように、いい意味で「適当に」構えておくことなのかもしれないなぁと思いました。

 

 

近所の方に助けられた、子育てと農業の両立

また、宮原さんのお話の中で印象的だったのは、ご近所のおじいちゃんおばあちゃんとのかかわりでした。

 

「ジジババの優しさには本当に助けられましたね。農繁期なんて夫婦二人でピリピリするんですよ。そうしたら、子どもは逃げ場がないですよね。

稲刈りのときとか家の前ではさかけ(写真上)するんですけど、日も落ちてきて、間に合わないから私も手伝って……。そんなとき子どもは飽きてしまったり、お腹すいたって騒いだりするんですよ。

 

そしたら、近所の人が出てきて、芋くれて時間稼ぎしてくれたり、はさかけ手伝ってくれたりしたんです。それは日常の付き合いがあったからだと思うんですけど、本当にありがたかったです。

 

子どもたちにとっても、ジジババのように、いつでも味方になってくれる存在は大きいなと思って。百姓の大先輩だから、私たちもリスペクトしているし。ジジババ的には昔苦労してやってきたことを私たちがやっているから、『お前たちバカだな』って言いながら面白がってくれる。

 

そこはすごくいい関係が築かれているなって思っています。私たちのそんな関係を見ているから、子どもたちもジジババになつくんですよ。ほんとジジババがいなかったらここまでは来れなかったなって思います。子どもたちもそうだし、宮原家も。」

 

 

子どもたちを丸々預けることはできないけれど、夫婦が農作業をしている傍らで見ていてもらうことはできる。また農作業をサポートしてもらうこともできる。

でもそれは、宮原さん夫婦が、この集落で真摯に住民の皆さんと農村での農業に向き合ってきたからこその、かかわりなんだろうと感じました。

 

その土地での子育てしやすさは、自分たちがその地域に対してどんなスタンスで関わっているかが深く影響するという気づきをもらったような気がします。

 

 

 

 

行ったり来たりしてもいい、そのときに合った方法で。

そんな宮原さん。子育て自体は悩みながらも楽しんできたようですが、自分自身が仕事や外に出て何かしたいという欲求や葛藤はなかったのでしょうか。

 

「仕事に出るとそれ中心になっちゃうし、家のことできない、子どものことできない、畑もできないじゃないですか。実は昨年の夏に、バイトに出てみたんですけど、そしたら畑が手付かずでものすごいことになっちゃって。これはダメだなって思ったんですよ。現金収入は必要だけど、失うものが大きすぎるなって。」

 

 

外で働いてみて改めて見つめ直した、自分の暮らし。

「なにを大事にするか」によって、働き方も変化していくものなのかもしれません。

そしてその変化は一度だけではなく、自分の暮らしや家族の状況によっても常に変化し続けるものなんだということを、宮原さんからは教えていただきました。

 

 

「そう思ってしばらくは外には働きに出ていなかったんですけど、1年経っていまはまた外に働きに出ているんです。田植えや稲刈り期は、お休みをもらって農作業に集中したり、子どもが起きてくる前の朝の時間や夕方に畑作業とか草刈りをしたり、短期集中型という感じで、バイトと農業をやりくりしています。

 

子どもたちが小学校に上がって、前ほど付きっきりにならなくなったことも変化の一つかもしれませんね。」

 

え?さっきの話と矛盾している?

パッと見はそう感じるかもしれません。

でも、考えてみてください。私たちの人生はそう単純に進んでいけるものでしょうか?

特に女性は、出産、子育てとライフステージの変化により、物理的に一定期間できなくなることがあれば、一時期を越えればまた挑戦できることがあったりします。

そんな変化の大きい人生のなかでは、「あのときはこう思っていたけれど、いまならできる」と思えることや、一時期は休息時間とすることもたくさんあるのではないでしょうか。

 

そのとき、そのときに合った方法でいい。

進んだり、戻ったり、そのときの自分にフィットする形を何度もセットしなおせばいい。

宮原さんのお話を聞いて、そっと肩の荷が降りるような安心感を抱きました。

 

 

変化しながら、見つけた楽しみ

「私、冬になると納豆を手作りしていて、それを人に教えたりもし始めたんです。そういう風な方向で、好きなことをやっていけたらなっていう理想もあります。

 

最初はあんまり好きじゃなかった農業も納豆を作ったりとか、麹を作って味噌を作ったりし始めると、農業も楽しいなって思うようになりました。私はそっちの方が興味があるから、じゃあ豆を自分で育ててみようとか考えるようになって、農業にも興味が出てきたんです。

 

この子たちが離乳食を食べ始めたときから、自分で作ってみようとか、普段買っているものは何が入っているか気にしてみようとか考えるようになりましたね。そうすると、ここに暮らしていると『なんだ意外と作れるじゃん』てことが多いんです。味噌、梅干しとか調味料関係も自分で作ってみたりとかして。それが面白くなってきていますね。」

 

冬時期になると開催される宮原さんの調味料作りは、とっても人気ですぐに定員が埋まってしまうほど。

それはただ単に、「調味料作りがしたい」だけではなく、いつも自然体で、ありのまま、素直に行動される宮原さんだからこそ、共感する人たちが集まるのだろうと感じます。

 

やってみて、「やっぱり違った」

そう思うこともあるけれど、その時々で、自分にフィットするものを一つひとつ選んでいく。

その積み重ねが、いまの宮原さんの柔らかさと生き生きした笑顔を作っているのだろうと感じる取材でした。

 

 

宮原さん、ありがとうございました。

 

 

 

お話を聞いた人

宮原由美子さん

神奈川県出身。いずれは田舎暮らしがしたいという夫の転職をきっかけに、新潟県十日町市に移住。2人のお子さんを育てながら、夫の農業を手伝う。また味噌や納豆作りなど、自分たちの食べるものを自ら作ることにも挑戦。ワークショップなども開催して、仲間と共有している。

 

 

■宮原さんをはじめ、県内のママ農家20~80代のみなさまにどんな子育て農業をしてきたか、どんな「くらし・しごと・こそだて」のブレンドをしてきたか、聞き取りやアンケート調査を実施し、白書にまとめました!

農あるくらしと、こそだて白書(ゆきのひノート特別編)「くらし・しごと・こそだてをどうブレンドして、私らしいしあわせ作れる?」

 

 

 

 

諸岡 江美子

諸岡 江美子

スノーデイズファーム(株)webディレクター/保育アドバイザー。1987年、千葉県船橋市生まれ。東京都内の認可保育園にて5年間勤務、その後新潟県妙高市にある国際自然環境アウトドア専門学校、自然保育専攻に社会人入学。津南町地域おこし協力隊を経て、現在はClassic Labとして独立。雪国の「あるもの、生かす」という生き方を研究している。編集者、エッセイスト。

関連記事